昔の1円は今の何円?
年と金額を入れる
消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)2025年=100・総務省
100(2025年)÷ 21(1965年)= 4.76倍
国内企業物価指数2020年=100・日本銀行
126.7(2025年)÷ 49(1965年)= 2.59倍
値段の上がり方は、品物やサービスによってまちまちです。
物差しを変えると答えも変わります。出た金額は、参考の数として見てください。
日本銀行は、この問いを「今の物価は、昭和40年と比べてどのくらいの水準なのか?」に置き換えて答えています。このページの計算も同じ置き換えです。(1965年と2025年を比べています)
日本銀行「教えて!にちぎん」(2026年2月時点)── 「お金の価値を単純に比較することはなかなか困難です」「あくまでも参考計数として考えてください」
消費者物価: 総務省「持家の帰属家賃を除く総合指数(1947年~最新年)」(2026-09-23 に取得した版)(2025年=100)/ 企業物価: 日本銀行「教えて!にちぎん」(新しいタブで開きます)の表(国内企業物価指数・企業物価指数 戦前基準指数)
江戸時代の1両: 貨幣博物館(日本銀行金融研究所)「江戸時代の1両は今のいくら?」(新しいタブで開きます)
早見表
検索でよく聞かれる年と金額の組み合わせです。
| 問い | 答え |
|---|---|
| 明治8年の1円は今の何円? | 消費者物価は1947年からなので、この物差しでは出せません/企業物価は1901年からなので、この物差しでは出せません |
| 昭和18年の1円は今の何円? | 消費者物価は1947年からなので、この物差しでは出せません/約446円(企業物価) |
| 昭和23年の1円は今の何円? | 約11.8円(消費者物価)/約7.14円(企業物価) |
| 昭和30年の1円は今の何円? | 約6.9円(消費者物価)/約2.66円(企業物価) |
| 昭和24年の100円は今の何円? | 約885円(消費者物価)/約437円(企業物価) |
| 昭和33年の100円は今の何円? | 約667円(消費者物価)/約265円(企業物価) |
| 昭和40年の100円は今の何円? | 約476円(消費者物価)/約259円(企業物価) |
| 昭和45年の100円は今の何円? | 約365円(消費者物価)/約232円(企業物価) |
| 1975年の100円は今の何円? | 約212円(消費者物価)/約152円(企業物価) |
| 昭和40年の1万円は今の何円? | 約47,600円(消費者物価)/約25,900円(企業物価) |
答えは有効数字3桁に丸めています。系列の無い年は「この物差しでは出せません」と出ます。
江戸時代の1両は今のいくら?
貨幣博物館の答え: 簡単には言えません。
同じ品物でも、作り方や手に入れやすさが今と違います。値段だけを比べると思い違いをしやすいので、目安として見てください。
米
18世紀
江戸時代の米1石(約150kg)を1両として、今の米5kgの値段から計算します。
円既定値: 2024年の値(総務省統計・貨幣博物館の例)
大工の日当
18世紀後半
江戸時代は1両で1日23人の大工が雇えたとして、今の大工の日当から計算します。
円既定値: 2024年の値(厚生労働省統計・貨幣博物館の例)
そば
江戸中~後期
江戸後期の公定相場は1両=6,500文、そば1杯16文とすると1両で約406杯。今のそば1杯の値段から計算します。
円今のそば1杯の値段を入れてください
小判の金
小判は枚数で使う計数貨幣です。ここでは仮に、小判に含まれる金の量と今の金1gの値段から計算します。
円既定値: 貨幣博物館の例の値(年の記載なし)
目安として比べるモノによって、1両が今いくらになるか大きく異なります。
貨幣博物館「江戸時代の1両は今のいくら?」は「同じモノであっても、江戸時代と現在とでは生産方法や入手の容易さが異なるなど、値段を単純に比較すると誤解を招きやすい面があり、注意する必要があります」としています。
よくある質問
昭和40年の1万円は、今のいくらですか?
消費者物価では約47,600円(100(2025年)÷ 21(1965年)= 4.76倍)、企業物価では約25,900円(126.7(2025年)÷ 49(1965年)= 2.59倍)です。日本銀行「教えて!にちぎん」が挙げている例で、物差しによって答えが変わることを示すための数字です。どちらが正しいということではなく、2つとも参考の数として見てください。
1947年より前の消費者物価は、なぜ出ないのですか?
総務省統計局のFAQは、戦前を基準にした消費者物価指数(東京都区部)を「昭和22年からの消費者物価指数」と説明しています。このページで使う総務省の表(全国)も、値が入っているのは1947年からで、1946年の行は空です。日本銀行百年史にある1945年までの値(1879〜1938年は大川一司ほかの推計、1939〜1945年は日本統計研究所の生計費リンク指数)は作成した主体が違い、総務省の系列と重なる年がありません。系列をつながない決まりなので、1947年より前は「この物差しでは出せません」と答えます。
1901年より前の企業物価は、なぜ出ないのですか?
日本銀行百年史の資料出所によると、この期間の卸売物価指数は、明治初めの民間の指数・貨幣制度調査会の品目から百年史が算出し直した指数・日本銀行の明治20年1月基準指数の3つを、明治6年・20年・34年でつないだ値です。注にも「厳密には指数を連続することは難しいが、ここでは物価の長期的動向をみるための便法として、戦前基準(昭和9〜11年平均=1)の指数を一応試算したもの」とあります。1つの答えを1本の系列の割り算だけで出す決まりなので、企業物価は1901年から出します。
1960年の前後で、企業物価の計算のもとが変わるのはなぜですか?
日本銀行の国内企業物価指数(2020年=100)は1960年から、企業物価指数 戦前基準指数(昭和9〜11年平均=1)は1901年からの系列です。2つの系列を1本につなぐと、つなぎ目の年の断定になりやすいので、1960年より前は企業物価指数 戦前基準指数、1960年からは国内企業物価指数を、それぞれ単独の系列として使います。
江戸時代の1両は、結局今のいくらですか?
貨幣博物館は「簡単には言えません」と答えています。米・大工の日当・そば・小判の金という4つのやり方で計算すると、それぞれ違う金額が出ます。博物館自身が「目安として比べるモノによって、1両が今いくらになるか大きく異なります」としています。このページは4つの答えを並べて出します。
同じ「昔の1円」でも、消費者物価と企業物価では答えが変わります。 なぜ2本の物差しがあるのか、なぜ出せない年があるのかを、一次資料から説明します。
物差しが2本ある理由
日本銀行「教えて!にちぎん」は、国内企業物価指数と消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)の違いを こう説明しています。
「企業物価指数(国内企業物価指数)」(日本銀行作成)は国内において企業同士で取引される「財」の価格を対象としている一方、「消費者物価指数」(総務省作成)は小売段階における「財」と「サービス」両方の価格を対象としている点で、モノサシの種類が異なります。
対象にしている取引の段階そのものが違うので、片方の答えだけを「正しい価値」として選ぶことはできません。物価指数の増減を「ポイント」で言うか「%」で言うかという、似た趣旨の違いはパーセントの計算でも説明しています。
お金の値打ちが年とともに変わる話では、預けたお金が利息で増える速さも、72の法則で金利から2倍になる年数を出して確かめられます。
なぜ1901年から・1947年から
日本銀行「日本銀行百年史(資料編)」434・440・441ページ(2026-09-23 に取得した版)の資料出所は、1901年より前の卸売物価指数を3つの指数をつないだ値だとし、次の注を添えています。
上掲の各種物価指数は、対象期間により作成主体がことなり、しかも基準年次や内容がしばしば改定されているので、厳密には指数を連続することは難しいが、ここでは物価の長期的動向をみるための便法として、戦前基準(昭和9〜11年平均=1)の指数を一応試算したものである。
総務省統計局のFAQも、戦前基準の消費者物価指数(東京都区部)を「昭和22年からの消費者物価指数」と説明しています。このページは、企業物価を日本銀行の表で企業物価指数 戦前基準指数の値がある最初の年(1901年)から、消費者物価を総務省の表(全国)で値がある最初の年(1947年)から出しています。
1945年から1950年の5年で、物価は大きく動きました
企業物価指数 戦前基準指数で見ると、1945年(3.503)から1950年(246.8)までの5年で約70.5倍になっています。終戦直後の数年間に、それだけ値段の上がり方が急だったということです。
江戸時代の1両は「簡単には言えません」
貨幣博物館は、江戸時代の1両を今のお金に換算する問いに「簡単には言えません」と答えています。 米・大工の日当・そば・小判の金という4つのやり方を、上の江戸の欄にまとめました。やり方によって答えが大きく違うので、4つの答えを並べています。