調べて分かる道具箱

和暦・西暦の変換

月日まで入れるので、改元のあった年も正しく出ます。下に早見表もあります。

西暦から和暦へ
令和8年8月14日
和暦から西暦へ
2026年8月14日

和暦・西暦の早見表

昭和元年から令和17年までを並べています。改元のあった年は2行になります── その年の中で元号が切り替わるので、1つに決められません。

西暦と和暦の対応表
西暦和暦その年のいつから
20351年を通して
20341年を通して
20331年を通して
20321年を通して
20311年を通して
20301年を通して
20291年を通して
20281年を通して
20271年を通して
20261年を通して
20251年を通して
20241年を通して
20231年を通して
20221年を通して
20211年を通して
20201年を通して
20195月1日の前日まで
5月1日から
20181年を通して
20171年を通して
20161年を通して
20151年を通して
20141年を通して
20131年を通して
20121年を通して
20111年を通して
20101年を通して
20091年を通して
20081年を通して
20071年を通して
20061年を通して
20051年を通して
20041年を通して
20031年を通して
20021年を通して
20011年を通して
20001年を通して
19991年を通して
19981年を通して
19971年を通して
19961年を通して
19951年を通して
19941年を通して
19931年を通して
19921年を通して
19911年を通して
19901年を通して
19891月8日の前日まで
1月8日から
19881年を通して
19871年を通して
19861年を通して
19851年を通して
19841年を通して
19831年を通して
19821年を通して
19811年を通して
19801年を通して
19791年を通して
19781年を通して
19771年を通して
19761年を通して
19751年を通して
19741年を通して
19731年を通して
19721年を通して
19711年を通して
19701年を通して
19691年を通して
19681年を通して
19671年を通して
19661年を通して
19651年を通して
19641年を通して
19631年を通して
19621年を通して
19611年を通して
19601年を通して
19591年を通して
19581年を通して
19571年を通して
19561年を通して
19551年を通して
19541年を通して
19531年を通して
19521年を通して
19511年を通して
19501年を通して
19491年を通して
19481年を通して
19471年を通して
19461年を通して
19451年を通して
19441年を通して
19431年を通して
19421年を通して
19411年を通して
19401年を通して
19391年を通して
19381年を通して
19371年を通して
19361年を通して
19351年を通して
19341年を通して
19331年を通して
19321年を通して
19311年を通して
19301年を通して
19291年を通して
19281年を通して
19271年を通して
192612月25日の前日まで
12月25日から

明治より前の元号を調べる

上の変換は明治6年1月1日からです。それより前は日本が旧暦(太陰太陽暦)を使っていたため、月日の対応が計算では出せません。 ただしどの年がどの元号かは分かるので、そこまでを出します。 大化(645年)から慶応(1868年)まで、243の元号を載せています。

西暦(645年〜1872年)
慶長
慶長けいちょう
1596年12月16日1615年9月5日

月日は出していません。この時代の日本は旧暦(太陰太陽暦)を使っていて、 月日の対応は計算では出せないためです。 また旧暦の1年は西暦の2年にまたがるので、 ここに出した年の対応も1年ずれることがあります

1582年10月15日より前の西暦の日付は、グレゴリオ暦ではなくユリウス暦です。 グレゴリオ暦が使われ始めたのがその日なので、それ以前に当てはめる暦がありません。

元号は、途切れたり2つ同時にあったりします

「大化から令和まで途切れず続いている」と思われがちですが、そうではありません。

元号が使われていない期間があります。白雉が終わった655年から朱鳥が始まる686年まで、 朱鳥が終わった687年から大宝が始まる701年まで、元号がありません。 この時期の史料は元号では年を書けないので、天皇の在位年で数えます。

元号が2つ同時にあった時期もあります。1336年から1392年までの56年間、南朝(大覚寺統)と北朝(持明院統)が それぞれ別の元号を使っていました。同じ日が「延元元年」でもあり 「建武3年」でもある、という状態です。どちらの側の記録かで年の呼び方が変わるので、 この時代の史料を読むときはそこを確かめる必要があります。

さらに、南朝の建徳より後の元号は、始まった日がはっきりしません。 改元を記した史料が残っていないためで、いま伝わっている日付は通説です。 このページでもその印を付けています。

よくある質問

令和8年は西暦何年ですか?

2026年です。令和元年が2019年なので、令和の年から2018を足すと西暦になります。逆に西暦から2018を引くと令和の年です。

1989年は昭和64年ですか、平成元年ですか?

どちらもです。1月7日までが昭和64年、1月8日からが平成元年です。昭和天皇が崩御された1月7日で昭和が終わり、翌日から平成が始まりました。年だけの対応表では決まらないので、この計算機は月日まで入れる形にしています。

2019年の和暦は何ですか?

4月30日までが平成31年、5月1日からが令和元年です。この改元は退位によるもので、日付があらかじめ決まっていました。平成31年5月1日という日は存在しません。

昭和は何年までありますか?

昭和64年までですが、64年は1月7日までの7日間しかありません。昭和は1926年12月25日から1989年1月7日までで、通算62年と少しです。「昭和64年3月」のような日付は存在しません。

明治より前の和暦は変換できますか?

この計算機では明治6年1月1日より前は出せません。それ以前の日本は太陰太陽暦(旧暦)を使っており、月日が西暦と対応しないためです。明治5年12月2日の翌日が明治6年1月1日で、明治5年12月3日から30日は存在しません。

元号が変わった日

改元の日は、天皇の代替わりの事情によって決まり方が違います。 崩御による改元は前日まで前の元号、当日から新しい元号になります。

元号の始まった日
元号元年の始まり
明治18681023
大正1912730
昭和19261225
平成198918
令和201951

2019年の令和への改元だけは、崩御ではなく退位によるものでした。 日付が事前に決まっていたため、社会の側で準備ができた珍しい改元です。

元年と1年の書き分け

元号の最初の年は「1年」ではなく元年と書きます。 令和1年ではなく令和元年、平成1年ではなく平成元年です。 計算のうえでは1年目なので、西暦に直すときは1年として扱ってかまいません。

ただし書類の書式によっては「令和1年」と書かせるものもあります。 システムに入力する場合は、その様式がどちらを求めているかを確認してください。 この計算機は表示に「元年」を使っています。

明治6年より前が出せない理由

日本が今の暦(グレゴリオ暦)を使い始めたのは明治6年1月1日です。 それ以前は太陰太陽暦、いわゆる旧暦を使っていました。 月の満ち欠けを基準にした暦なので、1か月の長さも1年の月数も今とは違います。

切り替えは急でした。明治5年12月2日の翌日が明治6年1月1日とされ、 明治5年12月3日から30日までの日付は存在しません。 旧暦の日付を西暦に直すには暦法そのものの変換が必要で、 年と月日を足し引きするだけでは出せません。 この計算機は、出せないものを推測で出すよりも範囲外だと言うようにしています。