調べて分かる道具箱

江戸時代の時刻(不定時法) ── きょうの明け六つは何時か

調べたい日

明六つ

4:58

暮六つ

18:08

昼の一刻

2時間12分約

夜の一刻

1時間49分約

国立天文台の定義で計算した値

0時6時12時18時24時

呼び方はじまり
明六つ4:58
朝五つ7:10
朝四つ9:21
昼九つ11:33
昼八つ13:45
夕七つ15:56
暮六つ18:08
夜五つ19:57
夜四つ21:45
今暁九つ23:34
今暁八つ翌日 1:22
今暁七つ翌日 3:11

国立天文台 暦計算室「暦Wiki」薄明/夜明と日暮(2026-09-24 に見た文) / 国立天文台 暦計算室「こよみの計算」結果のページの注記(2026-09-24 に見た文)

明六つ・暮六つは、太陽の中心が地平線の下 7°21′40″ にくる時刻を計算して、分に四捨五入しています。一刻は、明六つから暮六つまで(夜は暮六つから次の明六つまで)を6つに分けた長さです。時刻は、いまの日本の時計(日本標準時)です。

江戸時代の時刻の早見表

江戸時代の時刻の早見表
問い答え
明け六つは何時?夏至 3:47・春分 5:13・冬至 6:11東京・2026年。国立天文台の定義で計算した値
暮れ六つは何時?夏至 19:38・春分 18:25・冬至 17:08東京・2026年。国立天文台の定義で計算した値
昼の一刻は何時間?夏至 約2時間39分・春分 2時間12分・冬至 約1時間50分明六つから暮六つまでを6つに分けた長さ(東京・2026年)
「丑三つ時」は何時?「丑の三刻〜午前2時」国立天文台 暦Wiki の文(1日を48刻に分ける数え方)
冬至の昼と夜は何刻?昼45刻半余・夜54刻余寛政十一年(1799)暦から(六より六まで)
春分・秋分の昼と夜は何刻?昼55刻余・夜44刻半余(天保十四年(1843)暦まで)/昼55刻・夜45刻(天保十五年(1844)暦から)寛政十一年(1799)暦から(六より六まで)
夏至の昼と夜は何刻?昼65刻半余・夜34刻余寛政十一年(1799)暦から(六より六まで)
暦の1刻は何分?14.4分1日=100刻

昼と夜の「何刻」は、暦に書かれた「六より六まで」の値で、1日=100刻の刻です(1刻=14.4分)。昼の一刻(明六つから暮六つの6分の1)とは別の長さです。

やってみる

1問目 / 全4問

いまの国立天文台は、明六つ(夜明)を、太陽の中心が地平線の下どれくらいにくる時刻と決めていますか

よくある質問

明け六つは何時ですか

日によっても、場所によっても変わります。国立天文台は、夜明の始まりを「太陽の中心の伏角 (高度) が7°21′40″になる時刻」と定義しています。暦Wiki は「江戸時代には夜明は明六つ、日暮は暮六つと呼ばれ、昼と夜の境界とされていました。」と書いています。この定義で計算すると、東京の2026年の明六つは、夏至(6月21日)が3:47、春分(3月20日)が5:13、冬至(12月22日)が6:11です。日付と場所を選ぶと、その日の明六つが上の道具に出ます。出どころは国立天文台 暦計算室「こよみ用語解説」太陽や月などの運動(2026-09-24 に見た文)と国立天文台 暦計算室「暦Wiki」薄明/夜明と日暮(2026-09-24 に見た文)です。

不定時法とは何ですか

暦Wiki は「季節によって1時間の長さが変わらないのが定時法、変わるのが不定時法です。」と書いています。江戸時代の不定時法は「江戸時代では明六つから暮六つまでを6等分して昼の一刻を、暮六つから明六つまでを6等分して夜の一刻を定めていました。」というものです。夏は昼が長いので昼の一刻が長く、冬は短くなります。東京の2026年の昼の一刻は、夏至が約2時間39分、冬至が約1時間50分です。出どころは国立天文台 暦計算室「暦Wiki」時刻/定時法と不定時法(2026-09-24 に見た文)です。

不定時法と定時法の違いは何ですか

定時法は、1時間の長さが季節で変わらない数え方です。暦Wiki は「現在一般的に使われているのは1日を24時間とする定時法です。」と書いています。不定時法は、明六つから暮六つまでと、暮六つから明六つまでを、それぞれ6つに分けるので、一刻の長さが季節で変わります。江戸時代の暦に書かれた時刻は、ほとんどが定時法でした。暦Wiki は「一方、暦面上では天保暦を除き、ずっと定時法が用いられています。」と書いています。出どころは国立天文台 暦計算室「暦Wiki」時刻/定時法と不定時法(2026-09-24 に見た文)です。

江戸時代の時刻は、どう数えましたか

明六つから、朝五つ・朝四つ・昼九つ・昼八つ・夕七つと数えて暮六つになり、夜も夜五つ・夜四つ・今暁九つ・今暁八つ・今暁七つと数えて明六つにもどります。暦Wiki は「九つ、八つ等はもともと時刻を知らせる太鼓の数でしたが、のちに時刻そのものを指すようになりました。」「1日の時刻を表わすのに九時・六時だけでは不明確ですので、昼・明などをつけて昼九時・明六時などのように呼びます。」と書いています。また「昼九つは太陽が午の方角に南中する時刻です (視太陽時)。」とあります。出どころは国立天文台 暦計算室「暦Wiki」時刻/定時法と不定時法(2026-09-24 に見た文)です。

「丑三つ時」は何時ですか

暦Wiki は「いわゆる丑三つ時(うしみつどき)とは丑の三刻〜午前2時を指します。」と書いています。これは暦の上の定時法の話で、23時から1時までがねの刻、1時から3時までがうしの刻です(「1辰刻の間隔は、現代的な表記では2時間となります。」)。『延喜式』の数え方は「1日= 48刻=12辰刻、1辰刻=4刻」で、暦Wiki は「刻数は一刻から四刻まで数えるので、三刻が真ん中になります。」と説明しています。九つ・八つの不定時法とは別の数え方です。出どころは国立天文台 暦計算室「暦Wiki」時刻/定時法と不定時法(2026-09-24 に見た文)です。

不定時法は、いつまで使われましたか

暦Wiki は、1日を24時間とする定時法について「明治五年(1872)十一月九日 改暦の布告」で導入され「明治6年(1873)から採用されました」と書いています。その前の天保暦は、暦に載せる時刻を不定時法にしていました(「暦に載せる時刻はそれまでずっと定時法にもとづいていましたが、それを当時一般的に用いられていた不定時法に改めました。」)。天保暦の期間は「天保十五年(1844、弘化元年)〜明治五年(1872)の29年間」です。出どころは国立天文台 暦計算室「暦Wiki」時刻/定時法と不定時法(2026-09-24 に見た文)と国立天文台 暦計算室「暦Wiki」天保暦(2026-09-24 に見た文)です。

江戸時代は、明六つ(明け六つ)から暮六つ(暮れ六つ)までを6つに分けて、昼の時刻を決めていました。このページは、選んだ日と場所の明六つ・暮六つと一刻の長さを、国立天文台の定義で計算して出します。

明け六つは何時? ── 太陽が地平線の下 7°21′40″ にくる時刻

国立天文台の暦Wiki は「江戸時代には夜明は明六つ、日暮は暮六つと呼ばれ、昼と夜の境界とされていました。」と書いています。いまの国立天文台は「夜明の始まりや日暮の終りは太陽の伏角が7°21′40″となる時刻をもって定義しています。」としています。伏角は、太陽が地平線からどれだけ下にあるかの角度です。

暦Wiki によると、夜明と日暮は「明治45年(大正元年、1912)暦から掲載されるようになりました」。そのときの文です。

東京天文台の地平線に対し日の中心の俯角7°21′40″なるときの時刻

明治五年以前明六つ暮六つと称したる時刻に相当す

国立天文台 暦計算室「暦Wiki」薄明/夜明と日暮(2026-09-24 に見た文)

国立天文台の「こよみの計算」も「夜明・日暮の時刻は太陽の中心高度が-7°21′40″となる時刻です。」と書いています。このページは、この定義で、選んだ日と場所の明六つ・暮六つを計算しています。東京の2026年は、明六つが夏至(6月21日)に3:47、冬至(12月22日)に6:11で、2時間24分ちがいます。

日の出・日の入りの時刻

国立天文台 暦計算室「暦Wiki」薄明/夜明と日暮(2026-09-24 に見た文)/国立天文台 暦計算室「こよみの計算」結果のページの注記(2026-09-24 に見た文)

寛政暦から、明け六つは太陽の高さで決めた ── それまでは日の出の36分前

暦Wiki は、いまの定義について「これは寛政暦での考え方を元にしています。」と書き、それより前のことを次のように説明しています。

それまでは日の出の二刻半前、日の入りの二刻半後のように固定されていました。1日=100刻ですので、二刻半=36分となります。

国立天文台 暦計算室「暦Wiki」薄明/夜明と日暮(2026-09-24 に見た文)

暦Wiki は「明るさは概ね太陽の高度(伏角)で決まりますから、明るく(暗く)なるまでの時間は場所によっても、季節によっても変化します。」「そこで、寛政暦では太陽が基準となる高度(伏角)に達する時刻をもって夜明や日暮を定めることにしました。」と続けています。基準は「春秋分の、京都での、日の出二刻半前または日の入り二刻半後における太陽高度」です。

その値について、暦Wiki は「寛政暦書巻四には7度36分と記載されています。」「したがって、7°21′41″というのが寛政暦や天保暦で用いた伏角の値といえます。」と書いています。このページは、いまの国立天文台の定義の7°21′40″で計算しています。

暦Wiki の「薄明」のページは「正確な時計も測定装置もない時代には人の目で明るさを判定していましたので、個人差も加わります。」と書いています。

このページで計算できるのは、1800年1月1日から2200年12月30日までです。使っている太陽の位置の式に合わせた範囲です。

国立天文台 暦計算室「暦Wiki」薄明/夜明と日暮(2026-09-24 に見た文)/国立天文台 暦計算室「暦Wiki」薄明(2026-09-24 に見た文)

暦に書かれた昼と夜の長さ ── 1日を100刻に分けた「刻」

暦Wiki は「享保十四年(1729)暦以降の暦には、二十四節気ごとに、昼と夜の長さが刻単位で掲載されています。」と書き、『「日の出より日入まで」「六より六まで」の2通りがあります。不定時法の基準となるのは後者です。』と続けています。暦Wiki の表にあるのは、冬至・春秋分・夏至の値です。

享保十四年(1729)暦〜寛政十年(1798)暦
冬至春秋分夏至
日の出より日入まで昼40刻昼50刻昼60刻
夜60刻夜50刻夜40刻
六より六まで昼45刻昼55刻昼65刻
夜55刻夜45刻夜35刻
寛政十一年(1799)暦〜天保十四年(1843)暦
冬至春秋分夏至
日の出より日入まで昼40刻余昼50刻余昼59刻半余
夜59刻半余夜49刻半余夜40刻余
六より六まで昼45刻半余昼55刻余昼65刻半余
夜54刻余夜44刻半余夜34刻余
天保十五年(1844)暦〜
冬至春秋分夏至
日の出より日入まで昼40刻余昼50刻昼59刻半余
夜59刻半余夜50刻夜40刻余
六より六まで昼45刻半余昼55刻昼65刻半余
夜54刻余夜45刻夜34刻余

暦Wiki は「1日=100刻、すなわち1刻=14.4分ですから、かなり大雑把といえます。」「その日だけでなく、その期間の代表値として使われます。」と書いています。上の道具が出す分までの時刻は、いまの国立天文台の定義で計算した値で、暦に書かれた刻数とは別のものです。

寛政十一年(1799)暦からの表と天保十五年(1844)暦からの表では、春分・秋分の値がちがいます。暦Wiki は、前の表について「二十四節気が平気法によることを加味して、春秋分も昼夜50刻ではなくなりました。」、あとの表について「定気法の採用により、ふたたび春秋分は昼夜50刻に戻りました。」と書き、「平気法の春秋分は定気法と2日ほどのずれがあり、0.3刻ほど昼は長くなります。」と説明しています。

「刻」の長さは、ここでの1日=100刻の刻と、昼の一刻(明六つから暮六つの6分の1)でちがいます。暦Wiki も『いろいろな場面で「刻」や「分」という表現が使われますが、常に同じ定義とは限らず、異なる定義が混在することさえあります。』と書いています。

二十四節気の日付

国立天文台 暦計算室「暦Wiki」昼夜の刻数(2026-09-24 に見た文)/国立天文台 暦計算室「暦Wiki」昼夜の刻数/理論値と実測値のずれ(2026-09-24 に見た文)/国立天文台 暦計算室「暦Wiki」時刻/定時法と不定時法(2026-09-24 に見た文)

江戸時代の時刻の数え方 ── 九つ・八つ・七つ・六つ・五つ・四つ

暦Wiki は「江戸時代では明六つから暮六つまでを6等分して昼の一刻を、暮六つから明六つまでを6等分して夜の一刻を定めていました。」「九つ、八つ等はもともと時刻を知らせる太鼓の数でしたが、のちに時刻そのものを指すようになりました。」と書いています。

同じ数が1日に2回ずつ出てくるので、暦Wiki は「1日の時刻を表わすのに九時・六時だけでは不明確ですので、昼・明などをつけて昼九時・明六時などのように呼びます。」と書き、次の表を載せています。

時刻の呼び方(暦Wiki の表)
今暁九時、八時、七時
明六時
朝五時、四時
昼九時、八時
夕七時
暮六時
夜五時、四時

暦Wiki は「昼九つは太陽が午の方角に南中する時刻です (視太陽時)。」「天保暦で暮六時六分とあれば、現代的な6時6分という意味ではなく、暮六つから1時の6/10だけ経過した時刻を指しています。」とも書いています。

上の道具の表は、明六つから始まります。暦Wiki の「日の区切りと時刻表記」の段は「一方、人々の意識の上では明六つが1日の始まりと考えられていました。」と書いています。

暦Wiki は『数の数え方と時刻の数え方が同じであることを活かしたのが落語の「時そば」ですね。』とも書いています。

国立天文台 暦計算室「暦Wiki」時刻/定時法と不定時法(2026-09-24 に見た文)

「丑三つ時」は何時? ── 暦の上の時刻は、2時間ずつの定時法

暦Wiki は「一方、暦面上では天保暦を除き、ずっと定時法が用いられています。」「1辰刻の間隔は、現代的な表記では2時間となります。」と書いています。1日を十二支で12に分けた数え方で、「現代的な表記で23時から1時までにあたるのが子の刻で、この中央が子の正刻=正子です。以下、1時から3時までが丑の刻、・・・のように十二支を順番に割り当てます。」とあります。

十二支の刻(暦の上の定時法)
ねの刻23時〜1時
うしの刻1時〜3時
とらの刻3時〜5時
うの刻5時〜7時
たつの刻7時〜9時
みの刻9時〜11時
うまの刻11時〜13時
ひつじの刻13時〜15時
さるの刻15時〜17時
とりの刻17時〜19時
いぬの刻19時〜21時
いの刻21時〜23時

「丑三つ時」は、この刻をさらに4つに分けた数え方のことばです。暦Wiki は『延喜式』の数え方を「1日= 48刻=12辰刻、1辰刻=4刻」とし、「刻数は一刻から四刻まで数えるので、三刻が真ん中になります。」「いわゆる丑三つ時(うしみつどき)とは丑の三刻〜午前2時を指します。」と書いています。

この十二支の刻は、道具が出す九つ・八つの時刻(不定時法)とは別の数え方です。

干支

国立天文台 暦計算室「暦Wiki」時刻/定時法と不定時法(2026-09-24 に見た文)

このページの文と定義は、国立天文台 暦計算室のページから引いています((C) 国立天文台)。/国立天文台 暦計算室「暦Wiki」薄明/夜明と日暮(2026-09-24 に見た文)/国立天文台 暦計算室「暦Wiki」昼夜の刻数(2026-09-24 に見た文)/国立天文台 暦計算室「暦Wiki」昼夜の刻数/理論値と実測値のずれ(2026-09-24 に見た文)/国立天文台 暦計算室「暦Wiki」時刻/定時法と不定時法(2026-09-24 に見た文)/国立天文台 暦計算室「暦Wiki」薄明(2026-09-24 に見た文)/国立天文台 暦計算室「暦Wiki」天保暦(2026-09-24 に見た文)/国立天文台 暦計算室「こよみ用語解説」太陽や月などの運動(2026-09-24 に見た文)/国立天文台 暦計算室「こよみの計算」結果のページの注記(2026-09-24 に見た文)

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