干支(えと)を調べる
今年(2026年)の干支は 丙午(ひのえうま・うま)。去年(2025年)は 乙巳(へび)、来年(2027年)は 丁未(ひつじ)。
1月1日を境にする数え方なので、その年の干支になります。この日は2026年の干支で数えます。 十二支の午に当てはめられた動物はうまです。
日の干支は60日でひと回りします。この日は43番目。丙午の日は60日後にまた来ます。
3月から12月までの日は、3つの流儀のどれで数えても同じ答えになります。 分かれるのは1月と2月だけです。
丙午の年
西暦2026年の干支は丙午(ひのえうま)。 同じ干支の年は60年ごとに戻ってきます ── 1906年・1966年・2026年・2086年。次に丙午が来るのは2086年です。
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よくある質問
今年の干支はどこで分かりますか?
このページの道具の先頭に、今年・去年・来年の干支をお使いの機器の日付から出しています。西暦から自分で求めるなら、西暦から4を引いて12で割った余りが十二支の番号で、0が子、1が丑、2が寅、…、11が亥です。十干は同じ数を10で割った余りで、0が甲、1が乙、…、9が癸です。
去年は何どしでしたか?来年は?
十二支は12年で一回りするので、今年の1つ前が去年、1つ後が来年です。順番は子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥で、亥の次は子に戻ります。動物にするとねずみ・うし・とら・うさぎ・たつ(りゅう)・へび・うま・ひつじ・さる・とり・いぬ・いのししの順です。今年の干支と合わせて、道具の先頭に3つ並べています。
干支は「えと」と「かんし」のどちらですか?
どちらも同じものを指します。十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)を組み合わせたもので、国立天文台は「六十干支(ろくじっかんし)」「十干十二支」と呼んでいます。日常で「今年のえとは何?」と聞くときは十二支だけ(午、未など)を指すことが多いのですが、本来の干支は甲午・丙午のように2文字で1組です。
干支の組み合わせは、なぜ120通りではなく60通りなのですか?
十干と十二支の組み合わせが固定されているからです。国立天文台の説明では、甲・丙・戊・庚・壬は子・寅・辰・午・申・戌としか組み合わず、乙・丁・己・辛・癸は丑・卯・巳・未・酉・亥としか組み合いません。順番に並べていくと両方が同時に1つずつ進むので、10と12の最小公倍数の60でもとに戻ります。
年の干支は、いつ切り替わりますか?
数え方が3つあります。元日で切る流儀、立春(2月4日ごろ)で切る流儀、旧正月(1月下旬から2月中旬)で切る流儀です。1月と2月に生まれた人は、どの流儀で数えるかで干支が1つ変わります。この道具は3つとも並べて出します。
亥の読みは「い」ですか「ゐ」ですか?
国立天文台の用語解説のページは「い」と書いていますが、同じ国立天文台の暦日データベースは歴史的仮名遣いの「ゐ」で書いています。どちらも誤りではありません。このページは子どもも読むので「い」を採りました。乙亥は「きのとのい」、癸亥は「みずのとのい」と読みます。
日の干支は何の役に立つのですか?
昔は日付そのものを干支で呼んでいました。甲子園球場の「甲子」も、戊辰戦争の「戊辰」も、壬申の乱の「壬申」も干支です。日の干支は60日で一回りし、暦が変わっても途切れずに数え続けられてきたので、大昔の記録の日付を今の暦に直す手がかりにもなります。
60年で干支が一回りすると、何と呼びますか?
還暦(かんれき)です。国立天文台は「60年で干支が一回りするため、60歳になることを還暦を迎えるという」と説明しています。生まれた年と同じ干支の年に戻ってくる、という意味です。数え年での言い方もありますが、公的な資料で確かめられなかったのでここには書きません。
日付を入れると、その日の干支とその年の干支が読み方つきで 出ます。1月・2月生まれの人は、数え方によって答えが変わるところまで出します。
10 × 12 は 120。それなのに干支は60通りしかありません
十干は甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10個、十二支は子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12個です。 かけ算すれば120通りありそうですが、実際の干支は60通りしかありません。
理由は、2つが同時に1つずつ進むからです。甲子の次は乙丑、その次は丙寅。 十干も十二支も同じ速さで進むので、組み合わせは決まったものしか現れません。 国立天文台は「甲、丙、戊、庚、壬」は「子、寅、辰、午、申、戌」とだけ、 「乙、丁、己、辛、癸」は「丑、卯、巳、未、酉、亥」とだけ組むと書いています。甲丑や乙子は、60通りのどこにも出てきません。
10と12の最小公倍数が60、と言っても同じことです。 10日ごとに十干が一周し、12日ごとに十二支が一周して、60日目にはじめて2つが同時にもとへ戻ります。 60年で年の干支が一回りするので、60歳になることを還暦を迎えるといいます(国立天文台)。
「子午線」の子は北、午は南です
十二支は年や日だけでなく、方角にも使われました。 国会図書館の解説によれば、北から時計回りに子・丑・寅…と12等分します。 すると子が北、卯が東、午が南、酉が西。 地図でおなじみの子午線は、この子(北)と午(南)を結んだ線のことです。 正午の「午」も、太陽が南に来る時刻から来ています。
間の方角には、2つの十二支をつなげた名前が付いています。北東は丑と寅の間なので丑寅(うしとら)、漢字では艮。南東は辰巳(たつみ)=巽、南西は未申(ひつじさる)=坤、 北西は戌亥(いぬい)=乾です。 たつみさん、いぬいさんという名字は、ここから来ています。
2026年は丙午。60年前に何が起きたか
いまの年、2026年の干支は丙午(ひのえうま)です。 60年前の1966年も丙午でした。この年、日本で生まれた子どもの数が1年だけ大きく落ち込みます。
| 年 | 生まれた数 | 合計特殊出生率 |
|---|---|---|
| 1965年(昭和40年) | 1,823,697人 | 2.14 |
| 1966年(昭和41年)/丙午 | 1,360,974人 | 1.58 |
| 1967年(昭和42年) | 1,935,647人 | 2.23 |
前の年から25.4パーセント減り、翌年には42.2パーセント戻っています。1年だけへこんで、すぐ元に戻ったのが特徴です。厚生労働省は、出生数のグラフのこの年に「ひのえうま」と書き入れています。国の統計の図に干支の名前が書いてある、というのはかなり珍しいことです。
丙午の年に生まれた女性についての言い伝えが理由だとされますが、言い伝えそのものに根拠はありません。 それでも数十万人ぶんの出生数が動いたという事実のほうは、統計に残っています。 ここでは1966年だけを取り上げています。 その前の丙午(1906年)も出生数が減っていますが、日露戦争(1904〜05年)の影響と分けられないためです。
甲子園は「甲子」の年にできたから甲子園です
阪神甲子園球場が完成したのは大正13年(1924年)8月1日。 この1924年の干支が甲子(きのえね)でした。60通りのいちばん最初にあたる年で、 縁起がよいとされたことから球場の名前になりました。
検算してみます。年の干支は(西暦 − 4) を60で割った余りで決まります。 1924 − 4 = 1920。1920 ÷ 60 = 32 で余りは0。 余り0は一番目の甲子、というわけです。 次に甲子の年が来るのは2044年です。
十二支は、もともと動物ではありませんでした
ねずみ、うし、とら…と動物で覚えますが、子・丑・寅という字そのものに動物の意味はありません。 国立天文台は「もともとは12か月の順番を示すただの符号であったが、のちに動物に結びつけられた」と書いています。 国会図書館も同じく、12か月の順を表す呼び名だったところに 12種の動物を当てはめるようになった、と説明しています。
十干のほうも同じで、こちらは日を10日のまとまりで数えるための呼び名でした。 あとから陰陽五行説と結びついて、木・火・土・金・水それぞれに兄(え)と弟(と)が当てられます。甲=木の兄(きのえ)、乙=木の弟(きのと)という具合です。 「きのえ」「きのと」という不思議な読みは、ここから来ています。
読みをつなぐときの決まりもあります。国立天文台いわく「習慣で『弟』と十二支名の読みの間には『の』を入れて呼ぶ」。 だから甲子はきのえね(の が入らない)、乙丑はきのとのうし(の が入る)になります。 この道具の読みも、その決まりどおりに組み立てています。
年の切り替わりは、1つに決まっていません
ここがこのページでいちばん大事なところです。「今年の干支」がいつから今年になるのかには、3つの流儀があります。
元日で切る流儀がいまは一番多く見かけますが、「1月1日に切り替わる」と決めた法令や公的な説明は見つかりませんでした。 新暦になってからは暦の年そのものが1月1日に変わるので、 それに合わせているだけの慣行です。
立春で切る流儀は、節切り(節月)といいます。立春は太陽黄経が315度になる日で、年によって日が変わります。 たとえば2026年の立春は2月4日の5時02分でした(国立天文台 暦要項)。旧正月で切る流儀は月切り(暦月)で、昔の日本の元日そのものです。
面白いのは、同じ国立天文台の中で切り替わる日が違うことです。 明治5年(1872年)を引いてみると、暦日データベースでは1872年2月9日(明治5年1月1日=旧正月)に辛未から壬申へ変わります。 ところが節切りで数えると、変わるのはその5日前の2月4日(立春)です。
だからこの道具は、1つに決めつけません。3つの流儀を並べて出し、 立春や旧正月のように日が年ごとに動くものについては、 その範囲に入る日を「その年の境の日で変わります」と返して、 両方の候補をお見せします。 いい加減に1つ選ぶより、 分かれていることを知っているほうが役に立つからです。
数値の出どころ: 干支の読み・六十干支になる理由・還暦は国立天文台 暦計算室「こよみ用語解説 六十干支」(新しいタブで開きます)、日の干支と年の干支の答え合わせは同「日本の暦日データベース」(新しいタブで開きます)(255日ぶんを取り込んで、計算と全件一致することを試験しています)、立春の定義と日時は同「二十四節気」(新しいタブで開きます)と同「暦要項」(新しいタブで開きます)、方角と十二支は国立国会図書館「日本の暦」干支②方位神(新しいタブで開きます)から。出生数と合計特殊出生率は厚生労働省 人口動態統計特殊報告「令和3年度 出生に関する統計」(新しいタブで開きます)の統計表1、グラフの「ひのえうま」の書き入れは同「令和6年 人口動態統計月報年計(概数)の概況」(新しいタブで開きます)の図1、球場の竣工日は阪神甲子園球場「施設概要」(新しいタブで開きます)から取っています。図は自分で描いたもので、資料の画像は使っていません。