調べて分かる道具箱

福沢諭吉の年表 ── 何歳で何をした?

歳
引き方
福沢諭吉の写真

満25歳

咸臨丸で浦賀を出て、アメリカへ向かう

1860年2月10日(安政7年1月19日)・満25歳・数え27歳

満25歳の諭吉は、1860年1月10日から1861年1月9日まで

日付: 国立天文台「日本の暦日データベース」(2026-10-09 に見た文)で和暦を西暦に直しました/肖像の出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 (https://www.ndl.go.jp/portrait/)

諭吉の年表(13の出来事)

福沢諭吉の年表。年齢、西暦と和暦の日付、出来事
年齢いつ・何をした
満0歳数え1歳

1835年1月10日天保5年12月12日

大阪で生まれる

満12〜14歳数え14〜15歳

数えで14か15のころ(自伝の書き方)

自分から本を読もうと決めて、塾へ通い始める

数え年の14歳と15歳を、満年齢に直した幅です

満19歳数え21歳

1854年2月27日〜3月28日嘉永7年2月

長崎へ出て、初めて横文字のABCを習う

自伝は安政元年と書いています。国立天文台の暦日データベースでは、この月は嘉永7年です

満20歳数え22歳

1855年4月17日〜5月15日安政2年3月

大阪の緒方洪庵の塾に入る

満23歳数え25歳

1858年11月26日〜12月4日安政5年10月下旬

大阪から江戸へ歩き、藩の屋敷で若者に教え始める

日付は、江戸へ向かう道中の10月下旬です

満25歳(1860年1月10日から)はここ
満25歳数え27歳

1860年2月10日安政7年1月19日

咸臨丸で浦賀を出て、アメリカへ向かう

自伝は万延元年と書いています。国立天文台の暦日データベースでは、この日は安政7年です

満27歳数え28歳

1862年1月22日文久元年12月23日

イギリスの軍艦で品川を出て、ヨーロッパへ向かう

船に乗ったのは前の日の文久元年12月22日(1862年1月21日)です

満31歳数え33歳

1866年11月7日〜12月6日慶応2年 初冬

『西洋事情』初編を出す

本の見返しにある初冬を、旧暦の10月と読んでいます

満37歳数え39歳

1872年3月9日〜4月7日明治5年2月

『学問のすゝめ』初編を出す。このあと17編まで続く

のちに17編をまとめた本の序に書かれた月です

満37歳数え40歳

1873年1月1日明治6年1月1日

新しい暦を説明する『改暦弁』を出す

太陽暦にかわった最初の日です。和暦と西暦の月日が同じになりました

満47歳数え49歳

1882年3月1日明治15年3月1日

新聞を始める

1号が出た日です

満64歳数え66歳

1899年6月15日明治32年6月15日

これまでの自分をふり返った『福翁自伝』を出す

満66歳数え68歳

1901年2月3日明治34年2月3日

亡くなる

日付は国立国会図書館「近代日本人の肖像」によります

やってみる

1問目 / 全3問

咸臨丸が浦賀を出た日、諭吉は満何歳?

諭吉が生きた1835年から1901年のあいだに、日本の暦は旧暦から太陽暦にかわりました。年齢も日付も、数え方で字がかわります。

1860年の諭吉は、何歳?

咸臨丸が浦賀を出た1860年2月10日、諭吉は満25歳です。数え年では27歳です。同じ1860年でも、1月9日までなら満24歳です。

満年齢は、誕生日がくるたびに1つふえます。このページは、西暦の1835年1月10日を誕生日にして数えています。数え年は、生まれた年を1歳とし、旧暦の元日(明治6年からは1月1日)がくるたびに1つふえます。日付の分かる12の出来事では、数え年が満年齢より1つから3つ大きくなります。

諭吉も自伝に、長崎へ出た年の自分を21歳と書き、まるまる数えると19歳と少しだと書き添えています。

天保5年に生まれて、1835年?

諭吉が生まれた天保5年12月12日は、西暦では1835年1月10日です。和暦の12月の日付は、西暦では次の年の1月にあたることがあります。

ヨーロッパへ向かって品川を出た文久元年12月23日も、西暦では1862年1月22日です。このページは、和暦の日付を国立天文台の暦日データベースで1つずつ西暦に直しています。

咸臨丸が浦賀を出た日は、暦日データベースでは安政7年1月19日です。同じ年のうちに元号が万延にかわったので、自伝は万延元年と書いています。

明治6年からの日付は、和暦・西暦で元号に直せます。

新しい暦の1月1日に出た本

明治5年12月2日の次の日は、明治6年1月1日でした。改暦の布告が、旧暦をやめて太陽暦を使うと決めたからです。

諭吉は、その明治6年1月1日の日付で『改暦弁』を出し、新しい暦を説明しました。

暦の切りかえは、空白の10日間でも見られます。

国立天文台「日本の暦日データベース」(2026-10-09 に見た文)(新しいタブで開きます)

国立国会図書館「近代日本人の肖像」福沢諭吉(2026-10-09 に見た文)(新しいタブで開きます)

国立国会図書館デジタルコレクション『福翁自伝』(明治32年)(2026-10-09 に見た文)(新しいタブで開きます)

国立国会図書館デジタルコレクション『幕末軍艦咸臨丸』の木村喜毅『奉使米利堅紀行』(260コマ目)(2026-10-09 に見た文)(新しいタブで開きます)

国立国会図書館デジタルコレクション『続福澤全集』第7巻「西航記」(18コマ目)(2026-10-09 に見た文)(新しいタブで開きます)

『西洋事情』初編の見返し(古典籍の画像)(2026-10-09 に見た文)(新しいタブで開きます)

国立国会図書館デジタルコレクション『学問ノススメ』合本の序(2コマ目)(2026-10-09 に見た文)(新しいタブで開きます)

国立国会図書館デジタルコレクション『改暦弁』(1コマ目)(2026-10-09 に見た文)(新しいタブで開きます)

国立国会図書館サーチ 新聞の書誌(1号の日付)(2026-10-09 に見た文)(新しいタブで開きます)

明治五年太政官布告第三百三十七号(改暦ノ布告) 本文(e-Gov 法令検索で 2026-09-24 に見た版)(新しいタブで開きます)

よくある質問

福沢諭吉は何歳まで生きた?

1835年1月10日(天保5年12月12日)に生まれ、1901年2月3日(明治34年2月3日)に亡くなりました。満66歳で、数え年では68歳です。亡くなった日は、国立国会図書館「近代日本人の肖像」の日付です。

福沢諭吉が生まれた年は?

天保5年12月12日に生まれました。国立天文台の暦日データベースで西暦に直すと1835年1月10日で、生まれた年は1835年です。

福沢諭吉は何時代の人?

江戸時代の終わりから明治時代にかけての人です。江戸時代の1835年に生まれ、明治34年(1901年)に亡くなりました。

『学問のすゝめ』は何歳のとき?

初編は明治5年2月で、満37歳、数え年で39歳のときです。のちに17編をまとめた本の序に、明治5年2月に始めて明治9年11月の17編で終えたと書かれています。