調べて分かる道具箱

伊能忠敬のように歩数で測る ── 自分の10歩で

ためしに6mを入れてあります。自分が10歩あるいた長さをメジャーで測って、mで書きかえます。何回か測ると、その平均で出します。

10歩の長さ
1回目m
2回目m
3回目m

自分の歩幅(ほはば)

60cm

10歩の長さ 6.00m

自分の歩数にすると

  • 1町約109.1m約182歩
  • 1里約3.927km約6545歩
  • 緯度(いど)1度忠敬の28.2里約18万4582歩
  • 地球1周28.2里×360約6644万9455歩

緯度(いど)1度と地球1周の歩数は、1里を今の約3.927kmとした計算です。

1町・1里: 尺・間・町・里のページと同じ長さ/28.2里: 地学雑誌 129巻2号「野上道男(2020)伊能忠敬の地図作成における『緯度差1度28.2里』問題」p.285(2026-09-30 に取得した版)・国立国会図書館デジタルコレクション「大谷亮吉 編著『伊能忠敬』(1917)262コマ」p.448(2026-09-30 に取得した版)

やってみる

1問目 / 全4問

伊能忠敬が1回目の測量に出たのは、何歳(さい)のとき?

伊能忠敬(いのうただたか)は、55歳(さい)から71歳(さい)まで10回の測量をして、日本地図を作りました。1800年の最初の測量では、道のりを歩数で測りました。

伊能忠敬(いのうただたか)は何をした人? ── 55歳(さい)から10回の測量

  1. 1745年0歳(さい)いまの九十九里町で生まれる
  2. 1794年49歳(さい)家の仕事を長男にゆずる
  3. 1795年50歳(さい)江戸(えど)に出て、高橋至時(たかはしよしとき)の弟子になる
  4. 1800年55歳(さい)第1次測量(東北・北海道の南)
  5. 1816年71歳(さい)第10次測量(江戸(えど)の町)
  6. 1821年日本地図ができあがる(大図214枚・中図8枚・小図3枚)

香取市の伊能(いのう)忠敬記念館は「江戸時代、日本国中を測量してまわり、初めて実測による日本地図を完成させた人です。」と書いています。忠敬の時代は、道のりを町や里で数えました。

町や里のもとになった尺や間も、今の長さに直すなら、尺・間・町・里のページで出せます。

1800年は歩数、1801年からは車や縄も

  1. 1800年歩数
  2. 1801年から量程車・縄
  3. 1802年から鉄鎖(てっさ)

1800年の第1次測量では、道のりを歩数で測りました。1801年からは、長さをはかる車(量程車)や縄も使い、1802年からは鉄の鎖(くさり)も使いました。

1801年も、仙台(せんだい)より北は、多くを歩数で測っています。

緯度(いど)1度は28.2里 ── 1年目は約27里

1800年の測量の材料からは約27里、1801年の材料からは28.2里が出ました。

師の高橋至時(たかはしよしとき)は、はじめこの数を疑(うたが)っていました。1803年、オランダ語の暦(こよみ)の本にあるヨーロッパの数とほとんど同じだと分かって、認(みと)めました。

緯度(いど)1分の長さから決まった単位のことは、ノット・海里のページへ。

28.2里を360倍すると、地球1周は10,152里

「至時と忠敬は、地球の正しい大きさを知るために、緯度(いど)1度の長さを測る測量に出かけました。」(国土地理院)

地球1周の10,152里は、1里を今の約3.927kmとすると約3万9900kmです。忠敬の時代の1里が今の何kmかは、研究者によって見方が分かれています。

地球1周の長さと直径をつなぐ円周率を、多角形で追いかけた話は、アルキメデスの円周率のページへ。

エラトステネスも、角度と距離(きょり)で地球を測った

大昔の学者エラトステネスは、夏至の正午の日時計の影(かげ)を使いました。シエネでは影(かげ)ができず、アレクサンドリアでは影の角度が円の50分の1でした。

2つの町の距離(きょり)5000スタディオンを50倍して、地球1周を25万スタディオンとしました。

角度の差と距離(きょり)から地球の大きさを出すのは、忠敬の緯度(いど)1度と同じ考え方です。

振(ふ)り子で時間を数えた ── 垂揺球儀(すいようきゅうぎ)

香取市の伊能(いのう)忠敬記念館は、忠敬が使った垂揺球儀(すいようきゅうぎ)を「振子がふれた数を記録する器具。」「経度を求めるために、日食・月食の時刻を測るために用いられました。」と説明しています。

国立天文台は「垂揺球儀は振り子時計の1種です」と書いています。

振(ふ)り子の1往復の時間が何で決まるかは、振り子のページで確かめられます。

香取市 伊能忠敬記念館「伊能忠敬とは」(2026-09-30 に見た文)(新しいタブで開きます)

香取市 伊能忠敬記念館「忠敬の足跡」(2026-09-30 に見た文)(新しいタブで開きます)

香取市 伊能忠敬記念館「垂揺球儀・忠敬使用」(2026-09-30 に見た文)(新しいタブで開きます)

香取市 伊能忠敬記念館「常設展示ワークシート⑤<解答編>」(2026-09-30 に取得した版)(新しいタブで開きます)

国土地理院「測量・地図ミニ人物伝:伊能忠敬」(2026-09-30 に見た文)(新しいタブで開きます)

国土地理院「”伊能図”近代地図の原点」1・42・43枚目(2026-09-30 に見た文)(新しいタブで開きます)

国立天文台 暦計算室「暦Wiki 垂揺球儀」(2026-09-30 に見た文)(新しいタブで開きます)

大野城市 大野城心のふるさと館「伊能忠敬と日本地図(小学6年生)」(2026-09-30 に見た文)(新しいタブで開きます)

地学雑誌 129巻2号「野上道男(2020)伊能忠敬の地図作成における『緯度差1度28.2里』問題」p.285・288・297(2026-09-30 に取得した版)(新しいタブで開きます)

国立国会図書館デジタルコレクション「大谷亮吉 編著『伊能忠敬』(1917)261コマ」p.447(2026-09-30 に取得した版)(新しいタブで開きます)

国立国会図書館デジタルコレクション「大谷亮吉 編著『伊能忠敬』(1917)262コマ」p.448(2026-09-30 に取得した版)(新しいタブで開きます)

国立国会図書館デジタルコレクション「大谷亮吉 編著『伊能忠敬』(1917)263コマ」p.450〜451(2026-09-30 に取得した版)(新しいタブで開きます)

国立国会図書館デジタルコレクション「大谷亮吉 編著『伊能忠敬』(1917)265コマ」p.455(2026-09-30 に取得した版)(新しいタブで開きます)

T. L. Heath (1913). Aristarchus of Samos, the Ancient Copernicus. Oxford: Clarendon Press. p.339(新しいタブで開きます)

文部科学省「【算数編】小学校学習指導要領(平成29年告示)解説」p.275(2026-09-27 に取得した版)(新しいタブで開きます)

よくある質問

伊能忠敬は何をした人ですか

香取市の伊能忠敬記念館は「江戸時代、日本国中を測量してまわり、初めて実測による日本地図を完成させた人です。」と書いています。「55歳(寛政12年、1800年)から71歳(文化13年、1816年)まで10回にわたり測量を行いました。」ともあります。

伊能忠敬は、歩数で測量したのですか

地学雑誌の論文(2020年)によると、1800年の第1次測量では、道のりを歩数で測りました。1801年からは、長さをはかる車(量程車)や縄も使い、国土地理院の資料には「忠敬の鉄鎖使用開始は享和二年(1802年)から」とあります。国立国会図書館にある1917年の本『伊能忠敬』によると、1801年も、仙台(せんだい)より北は多くを歩数で測りました。

伊能忠敬が決めた緯度1度の長さは、何里ですか

28.2里です。地学雑誌の論文(2020年)によると、忠敬は1801年の奥州街道(おうしゅうかいどう)の測量の値をもとに、緯度(いど)1度を28.2里と決めました。国立国会図書館にある1917年の本『伊能忠敬』によると、1800年の測量の材料からは約27里が出ていて、師の高橋至時(よしとき)は、はじめ28.2里を疑っていました。28.2里を360倍すると、地球1周は10,152里です。

伊能忠敬が歩いた距離は、どのくらいですか

大野城市の博物館(大野城心のふるさと館)は「忠敬の歩いた距離は3.5万キロ」と書いています。国土地理院の子ども向けのページは「その距離は、地球をひとまわりする以上にもなりました」と書いていて、資料によって書き方が分かれています。

伊能忠敬は、どんな道具で測量しましたか

香取市の伊能忠敬記念館のワークシートでは、「長さをはかる道具」が量程車、「星の高さをはかる道具」が象限儀(中)、「時間をはかる道具」が垂揺球儀(すいようきゅうぎ)、「方角をはかる道具」が半円方位盤です。星の高さをはかる象限儀(中)について、記念館は「天体観測を行う測量器具です。全国測量約3700日の期間中、1,000ヶ所以上の場所で天体観測を行いました。」と書いています。

自分の歩幅は、どうやって測りますか

10歩あるいた長さをメジャーで測り、10でわると1歩の長さになります。文部科学省の算数の解説には「歩測によってある長さを調べる場合,その処理方法としては,何度か往復して歩数を何回か測り,これを平均したものが用いられる。」とあります。このページの道具は、10歩の長さを3回まで入れると、平均から歩幅(ほはば)を出します。

エラトステネスは、どうやって地球の大きさを測りましたか

1913年に出た英語の本によると、エラトステネスは、夏至の正午にシエネでは日時計の影(かげ)ができず、アレクサンドリアでは影の角度が円の50分の1になることを使いました。2つの町の距離(きょり)5000スタディオンを50倍して、地球1周を25万スタディオンとしました。25万2千と伝える本もあり、1スタディオンの長さには、いくつかの見方があります。