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ソクラテスの名言と暮らし ── 原文はどの本?

名言を選ぶ

自分がどこまで知っているかを、そのとおりに心得ている。その小さな一点で、わたしはこの人より知恵があるらしい。

ἐγὼ δέ, ὥσπερ οὖν οὐκ οἶδα, οὐδὲ οἴομαι· ἔοικα γοῦν τούτου γε σμικρῷ τινι αὐτῷ τούτῳ σοφώτερος εἶναι, ὅτι ἃ μὴ οἶδα οὐδὲ οἴομαι εἰδέναι.

『わたしは、知らないとおりに、知っているとも思っていない。少なくとも、知らないことを知っているとも思っていない、まさにこの小さな一点で、わたしはこの人より知恵があるらしい』

プラトン『ソクラテスの弁明』21d

裁判の場で、神託の意味を確かめようと、知恵があると評判の政治家と話したときのことを語っているところです。

前399年の裁判の場面で、ソクラテスは自分を70歳だと言っています(『ソクラテスの弁明』17d)。

よく聞く形よく聞く「無知の知」は、この文をもとにした、のちの呼び名です。

考え方人間の知恵の値打ちはわずかで、それを本当にわかっている人がいちばん知恵がある、と続けて考えています。不知の自覚の節へ

できごと友のカイレフォンがデルポイで神託をたずねたことが、この話の始まりです。神託の節へ

原文の頁:校訂本 第1巻の、この文がある頁の画像(新しいタブで開きます)

「21d」は、1578年に出たプラトンの全集の版の21頁を、a〜e の5つの段に分けたうちの d の段です。今の版も、この頁と段の印を余白に付けています。原文の字は、出典の行の校訂本の頁の画像で確かめ、訳はこのページで作りました。

やってみる

1問目 / 全3問

「無知の知」の元の文は、プラトンのどの本にある?

ソクラテスは、前5世紀のアテナイで、町の人と問答をしながら、よく生きるとは何かを考えた人です。その言葉は、ソクラテスを知るプラトンとクセノフォンが書いた本に残っています。考え方の4節、暮らしの5節、できごとの7節に、原典のどこかと原文の言葉をそえています。

不知の自覚 ── 「無知の知」と呼ばれる考え

考え方

神託の意味を確かめようと、知恵があると評判の人と話したソクラテスは、その人が、知っていると思っているだけだと気づきました。

そして、神が言いたいのは、人間の知恵の値打ちはわずかで、それを本当にわかっている人がいちばん知恵がある、ということだろうと考えました。

この考えは「無知の知」と呼ばれてきましたが、文にあるのは『知らないことを、知っているとも思っていない』の形で、「不知の自覚」とも呼ばれます。

『ソクラテスの弁明』23a ἡ ἀνθρωπίνη σοφία ὀλίγου τινὸς ἀξία ἐστὶν καὶ οὐδενός

問答 ── 問いで、ともに確かめる

考え方

ソクラテスは、出会った人に、たずね、よく調べ、確かめる、と裁判で話しています。

毎日、よさについて語り合い、自分と人を確かめるのが、人にとっていちばんよいことだと話し、『たしかめることのない生は、人にとって生きるに値しない』と続けます。

『テアイテトス』では、自分のしていることを、母と同じ産婆のわざにたとえ、相手が自分の中から考えを生み出すのを手伝う、と話しています。

『ソクラテスの弁明』38a ἑκάστης ἡμέρας περὶ ἀρετῆς τοὺς λόγους ποιεῖσθαι

たましい ── お金やからだより先に

考え方

ソクラテスは、アテナイの人に、お金や評判や名誉より、知恵と真実と、たましいができるだけよくなることに気をくばっているか、とたずねます。

1924年の注釈書は、ここを、ソクラテスの教えのまん中だと書いています。

続く一文は、「よさがあってこそ、お金もほかのものも、人にとってよいものになる」と読むのだと、同じ注釈書は書いています。

『ソクラテスの弁明』29e φρονήσεως δὲ καὶ ἀληθείας καὶ τῆς ψυχῆς ὅπως ὡς βελτίστη ἔσται

よく生きる ── よさは知恵

考え方

『クリトン』で、ソクラテスは、いちばん大切にすべきは、ただ生きることより、よく生きることだ、という考えが今も同じかを、クリトンにたずねます。

よく生きることは、美しく、正しく生きることと同じだ、ともクリトンと確かめています。

クセノフォンの本では、正しさも、ほかのよさもみな、知恵だと言っています。

クセノフォン『ソクラテスの思い出』3.9.5 δικαιοσύνη καὶ ἡ ἄλλη πᾶσα ἀρετὴ σοφία ἐστί

生まれ ── 石を刻む父と、産婆の母

暮らし

ソクラテスはアテナイのアロペケ区の人で、父の名はソプロニスコスです。

父は石を刻む仕事をしていたと、ずっとのちの伝記集(ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』2.18)に書かれています。

母パイナレテは産婆で、ソクラテスは、自分も母と同じわざを神から授かったと話しています。

『テアイテトス』149a ἐγώ εἰμι ὑὸς μαίας μάλα γενναίας τε καὶ βλοσυρᾶς, Φαιναρέτης

姿 ── 上を向いた鼻と、はだし

暮らし

数学の先生テオドロスは、少年テアイテトスを、上を向いた鼻と出た目がソクラテスに似ている、と話しています。

仲間のアルキビアデスは、ソクラテスを、開くと中に神々の像が入っている、シレノスの形の置き物にたとえました。

夏も冬も同じ上着で、はだしで過ごしている、と相手に言われる場面が、クセノフォンの本にあります。

『饗宴』215b ἔνδοθεν ἀγάλματα ἔχοντες θεῶν

町 ── 朝から広場へ、話はいつもただ

暮らし

朝早くから散歩道や運動場へ行き、広場が人でいっぱいになるころには、そこにいた、とクセノフォンは書いています。

話の相手には、いつもただで、自分の持つものを気前よく分けた、とも書いています。

家と持ち物をぜんぶあわせて、よい買い手がいれば5ムナほどになるだろう、と自分で話しています。

クセノフォン『ソクラテスの思い出』1.1.10 πληθούσης ἀγορᾶς ἐκεῖ φανερὸς ἦν

妻 ── クサンティッペと、宴の席での答え

暮らし

妻はクサンティッペで、クセノフォンの『饗宴』では、宴の席で友人のアンティステネスに、いちばん手ごわい人を妻にしているのはなぜか、とたずねられています。

ソクラテスは、馬の名人が元気な馬を選ぶように、人とつきあいたい自分は、この人とうまくやれれば、ほかのだれとでもうまくやれると思って一緒になった、と答えました。

水をかけた話などは、ずっとのちの伝記集(ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』2.36)にある話です。

クセノフォン『饗宴』2.10 εἰ ταύτην ὑποίσω, ῥᾳδίως τοῖς γε ἄλλοις ἅπασιν ἀνθρώποις συνέσομαι

息子 ── 3人の子と、父の頼み

暮らし

自分を70歳だと言った裁判のとき、息子は3人いて、1人はもう若者、2人はまだ小さな子でした。

長男ランプロクレスが母に腹を立てたとき、ソクラテスは、お母さんはだれよりもおまえを大事に思っている人だ、と話しました。

裁判の終わりには、息子たちが大きくなって、よさより先にお金を気にかけるようなら、自分がみなさんにしてきたように、うるさく言って正してほしい、と頼んでいます。

『ソクラテスの弁明』34d εἷς μὲν μειράκιον ἤδη, δύο δὲ παιδία

神託 ── 友カイレフォンがデルポイでたずねたこと

できごと

若いころからの友カイレフォンは、デルポイの神殿へ行き、ソクラテスより知恵のある人がいるか、とたずねました。

神託の答えは、プラトンの本では『ソクラテスより知恵のある者はいない』、クセノフォンの本では『ソクラテスより心が自由で、正しく、つつしみ深い者はいない』です。

その意味を確かめようと、ソクラテスは、知恵があると評判の政治家、詩人、職人の順にたずねて回った、と裁判で話しています。

『ソクラテスの弁明』21a ἤρετο γὰρ δὴ εἴ τις ἐμοῦ εἴη σοφώτερος

心の合図 ── 子どものころから、止める声

できごと

ソクラテスは、子どものころから、何かをしようとすると、いつもそれを止める声のような合図が来る、と裁判で話しています。

クセノフォンの本では、この合図が、友に、するとよいことと、ひかえるとよいことを前もって告げた、と書かれていて、2人の書き方は少しちがいます。

訴えの中の「新しい神霊」は、この合図をからかったものだ、とソクラテスは話しています。

『ソクラテスの弁明』31d ἐμοὶ δὲ τοῦτ’ ἔστιν ἐκ παιδὸς ἀρξάμενον, φωνή τις γιγνομένη

陣 ── 3つの陣と、夜明けまでの考えごと

できごと

ソクラテスは兵として、ポテイダイア、アンフィポリス、デリオンの3つの陣で、命じられた持ち場にとどまった、と裁判で話しています。

夏のポテイダイアの陣では、朝から考えごとをして立ちつづけ、次の朝、日がのぼると、太陽に祈ってから立ち去った、と仲間のアルキビアデスが話しています。

裁判では続けて、神に命じられたと思う持ち場は、知を愛し、自分と人を確かめて生きることだ、と話しています。

『ソクラテスの弁明』28e καὶ ἐν Ποτειδαίᾳ καὶ ἐν Ἀμφιπόλει καὶ ἐπὶ Δηλίῳ

『雲』 ── 喜劇の中のソクラテス

できごと

喜劇作家アリストパネスの『雲』は前423年に上演された劇で、今に伝わるのは、のちに書き直した本です。

その中に、「わたしは空を歩き、太陽のことを考えている」と言うソクラテスや、はだしで歩くソクラテスとその仲間が出てきます。

ソクラテスは裁判で、この劇の空を歩くソクラテスを、昔から自分について言われてきたうわさの例としてあげています。

アリストパネス『雲』225 ἀεροβατῶ καὶ περιφρονῶ τὸν ἥλιον.

国の役目 ── ただ1人の反対と、家へ帰った日

できごと

前406年、当番の議員だったソクラテスは、将軍たちをまとめて裁く案に、議員の中でただ1人反対し、何ごとも法のとおりにする、と言いました。

前404年か前403年、三十人の政権に、ほかの4人とサラミスのレオンを連れてくるよう命じられたときは、正しいことだけをするのが何より大事だとして、4人がサラミスへ向かう中、ひとり家へ帰った、と裁判で話しています。

クセノフォンの本にも、三十人が若い人と話すのを禁じたことと、この日のことが書かれています。

クセノフォン『ギリシア史』1.7.15 κατὰ νόμον πάντα ποιήσειν

裁判 ── 3人の訴えと、30票の差

できごと

前399年、メレトス、アニュトス、リュコンの3人が、国の神々のかわりに別の新しい神霊を信じ、若い人をだめにしている、とソクラテスを訴えました。

ソクラテスは、票の結果を、あと30票が反対側に回れば無罪だった、と話しています。

そのあと、自分で申し出る罰として、プラトンたち友人4人の保証で、銀30ムナを申し出ました。

『ソクラテスの弁明』36a εἰ τριάκοντα μόναι μετέπεσον τῶν ψήφων, ἀπεπεφεύγη ἄν

牢 ── デロスへの船を待つ30日

できごと

裁判の月はデロスの祭りの月で、デロスへ送った船が戻るまで判決のとおりにするのを待つ決まりだったため、ソクラテスは30日ほど牢にいました。

友のクリトンが、ここを出てほかの国へ移る支度はできている、とすすめたとき、ソクラテスは、よく考えていちばんよいと思える理由に従う、と言って牢にとどまりました。

『パイドン』では、牢にいるあいだに、イソップの話を詩にし、アポロンへの歌を作った、と話しています。

クセノフォン『ソクラテスの思い出』4.8.2 μετὰ τὴν κρίσιν τριάκοντα ἡμέρας βιῶναι

ソクラテスの年表(8の出来事)

ソクラテスの年表。年、典拠の生まれ年で数えた年齢、出来事、原典の箇所
年年齢出来事
前469年ごろ0歳

アテナイのアロペケ区に生まれる

米国議会図書館の典拠・『ソクラテスの弁明』17d

のちの伝記集(ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』2.44)は、オリンピア競技会で年を数えて、第77回の4年目に生まれたと書いています。

前432年36か37歳

兵として、ポテイダイアの陣に加わる

『ソクラテスの弁明』28e・『饗宴』219e〜220e

前423年45か46歳

アリストパネスの喜劇『雲』が上演され、空を歩くソクラテスが出てくる

アリストパネス『雲』225・『ソクラテスの弁明』19c

今に伝わる『雲』は、のちに書き直した本で、劇の中で作者が、はじめの上演で負けたことを話しています(『雲』518〜525)。

前406年62か63歳

当番の議員として、将軍たちをまとめて裁く案に、ただ1人反対する

『ソクラテスの弁明』32b・クセノフォン『ギリシア史』1.7.15

前404年か前403年64〜66歳

三十人の政権に、サラミスのレオンを連れてくるよう命じられ、ひとり家へ帰る

『ソクラテスの弁明』32c〜d

前399年69か70歳

メレトスたちに訴えられ、裁判を受ける

『エウテュプロン』2b・『テアイテトス』210d・『ソクラテスの弁明』24b

裁判の場で、ソクラテスは自分を70歳だと言っています(『ソクラテスの弁明』17d)。

前399年69か70歳

判決のあと、デロスへ送った船が戻るまで、30日ほど牢にいる

クセノフォン『ソクラテスの思い出』4.8.2・『パイドン』58a〜c

前399年69か70歳

判決を受けて亡くなる

クセノフォン『ソクラテスの思い出』4.8.2・ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』2.44

のちの伝記集は、このときを70歳としています。

年齢は、米国議会図書館の典拠が書く前469年を生まれた年として数え、誕生日の前と後の2つを並べています。

ポテイダイアの行からサラミスのレオンの行までの年は、英語の哲学事典の年表の年です。プラトンとクセノフォンの本にあるのは、その場にいたことです。

出典(16件)

プラトン全集 第1巻 バーネット校訂の頁の画像(『ソクラテスの弁明』『クリトン』『テアイテトス』)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

プラトン全集 第2巻 バーネット校訂の頁の画像(『饗宴』)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

プラトン全集 第3巻 バーネット校訂の頁の画像(『プロタゴラス』)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

プラトン全集 第1巻 ステファヌス版(1578年)の頁の画像(頁と段の番号のもと)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

バーネットの注釈書(1924年)『ソクラテスの弁明』30a〜b の注(124頁)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

クセノフォン全集 第2巻 マーチャント校訂(1901年)の頁の画像(『ソクラテスの思い出』『饗宴』『ソクラテスの弁明』)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

クセノフォン全集 第1巻 マーチャント校訂の頁の画像(『ギリシア史』)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

アリストパネス喜劇集 第1巻 ホールとゲルダートの校訂の頁の画像(『雲』)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

プラトンの対話篇 ギリシア語本文(バーネット校訂を底本にした電子テキスト)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

クセノフォン『ソクラテスの思い出』『饗宴』『家政論』『ギリシア史』『ソクラテスの弁明』ギリシア語本文(マーチャント校訂を底本にした電子テキスト)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

アリストパネス『雲』ギリシア語本文(ホールとゲルダートの校訂を底本にした電子テキスト)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』ギリシア語本文(ヒックスの校訂を底本にした電子テキスト)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

米国議会図書館 典拠データ(Socrates・生まれた年)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

英語の哲学事典の項目 Socrates(2022年の改訂・年表)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

納富信留 講義資料(2016年度 学術俯瞰講義 第4回・4月27日・「不知の自覚」)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

文部科学省 高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 公民編(97〜98頁・「善く生きる」)(2026-10-11 に見た文)(新しいタブで開きます)

よくある質問

「無知の知」は、ソクラテスの言葉?

「無知の知」は、プラトン『ソクラテスの弁明』21d の文をもとにした、のちの呼び名です。文にあるのは『知らないことを、知っているとも思っていない』の形で、知っていると思うことを確かめる大切さを話しています。この考えは「不知の自覚」とも呼ばれます。

「汝自身を知れ」は、だれの言葉?

デルポイの神殿に書かれていた言葉で、原文は『Γνῶθι σαυτόν』です。プラトン『プロタゴラス』343b は、昔の7人の賢人が、この言葉を書いて神殿にささげたと書いています。プラトン『パイドロス』229e で、ソクラテスは、この文字のとおりに自分を知ることがまだ途中なので、ほかのことを調べるより先にそれを考える、と話しています。

「悪法もまた法なり」は、ソクラテスの言葉?

プラトンの『クリトン』『ソクラテスの弁明』『パイドン』の字で近いのは、国の法が語る形の『説得するか、命じられたことをするか』という一文です(『クリトン』51b〜c)。いっぽう『ソクラテスの弁明』29d では、知を愛して問いつづけることについて、「みなさんより神に従う」と話しています。「悪法もまた法なり」は、のちの言い回しです。

妻クサンティッペは、どんな人?

クセノフォンの『饗宴』では、友人が「いちばん手ごわい人」と言い、ソクラテス自身は、この人とうまくやれれば、ほかのだれとでもうまくやれる、と答えています。同じ書き手の『ソクラテスの思い出』では、ソクラテスが長男に、母のことを「だれよりもおまえを大事に思う母」と話しています。この母がクサンティッペだと書くのは、ずっとのちの伝記集(ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』2.26)で、水をかけた話なども、その伝記集にある話です。

『ソクラテスの弁明』は、どんな本?

プラトンが書いた本で、前399年の裁判で、ソクラテスが訴えに答えて話した言葉の形をとっています。神託の話、毎日の問答、たましいへの気くばり、3人の息子のことが出てきます。このページの札のうち3枚は、この本の言葉です。

ソクラテスは、何をした人?

前5世紀のアテナイで、町の人と問答をしながら、よく生きるとは何かを考えつづけた人です。その言葉は、ソクラテスを知るプラトンとクセノフォンが書いた本で伝わっています。前399年の裁判のとき、自分を70歳だと言っています。